いつも ハッとするような一文の載っている「通信」を送ってくださるところがあります

それをみては 「なるほど」とうなずいたり 自らを省みたり してます

この間いただいた「通信」には「失敗の意味」と題した次のようなお話が載っていました

エジソンが、彼の最も有名な発明である白熱電球について「電球をつくるのに1年以上も実験し、五千回も失敗したそうですが、そのときはどういう気持ちでしたか?」と質問されて このように答えたということです 「五千回も失敗した?そんなことはないよ。上手くいかない五千通りの方法を発見するのに成功したんだからね」 このエピソードを紹介してくれている筆者は、「このように、失敗を前向きに捕らえて、自信につなげることが大切です。」 「本当の失敗とは、何にも挑戦せず、また一度の失敗で次へのチャレンジを諦めてしまうことなのです。」と述べてられます。 プラス思考で前向きに捕らえる とは 本当に難しいものです。

私のまわりをみわたしても 失敗した(結果が思うとおりにでなかった)時、くよくよ反芻したり、無駄な時間と金をつかってしまったという反省をしたり、思った結果がでない原因をヒトのせいにしたり・・・ a title= href= style=color: inherit !important; ということを目にすることがあります 私どもが目にする「失敗」は 経営者の判断であったり、「取引」に関するものであったりするのですが/a 失敗をした ということがわかった時は がっかりしたり 落ち込んだり してるでしょうから、なかなか前向きに捕らえることは難しいものです

また

普通は、「もう少し良く考えておけばよかった」 とか 「**を信用するのではなかった」 とかいうように「反省」しても、 なかなかそれを機に 「判断の基準とルールを整備しよう」のようにならなくて、

なんとなく、「今度はもっとよく考えよう」「もっと注意しよう」とおもっても、どのように とか 何を とか だから というように次につなげることはできそうでなかなかできないものです

今のような厳しい状況におかれると 誰しも「あの時・・」とか「なんで・・」とか過去を振り返りぼやきたくなってしまいます 確かに「あの時」もう少し違ったことをしていれば、今こんなに苦労することはなかった ことはあるでしょうし 調子の良いときには 気にもしなかったことが 悔やまれて仕方が無いことになってしまっているように思います a HREF= TITLE=ならば 悔やんでいるのではなく 客観的に具体的に 「上手くいかなかった経験」とは何かをきちんと整理してはどうでしょう

それが 苦労を糧にする ということなのかもしれません