所長通信

Communication

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日報を書く文化

3月20日の日経新聞の「私見 卓見」というコラムに

「組織に必要な日報を書く文化」と題する一文を見つけました

このご意見をおっしゃっている方にご意見を転載するご許可を得ていないのですが

丸写しのコピーでないこと 新聞に掲載されているコラムについての私の感想 ということで

お許しいただきたいとお願いいたします

いわく

日報を「書きたくない」という人は最初から採用してはいけないという書き出しで

日報は組織で戦うための最低限の武器に過ぎない 

チームで成果を出すためには 情報を共有し 現状を可視化し 仲間と歩調を合わす必要があるが

そのための武器である日報を面倒くさいと言って放棄する時点で

「チームで勝つ」ことを 放棄しているのと同じだ と明確に断じておられるのを見て

胸のすく思いで頷いたのは 私だけだはないと思います

日報を書けないあるいは書かないことについて

「自由に働きたい」と叫ぶのはただの逃避である と続き

自由に働くためには 自分の進捗を見せる責任が求められ

仲間と情報を共有する義務がある と述べられています

日報を当たり前に書ける人が集まる組織は 全員が同じ方向を見ているため

驚くほど成長スピードが速い

日報を書く文化を守るという事は 単に管理を厳しくするという話ではない

「自分の言葉で 自分の仕事を記録する」というプロとしての自覚を育てる行為でもある

と締めくくられています

私は長い仕事人生で 日報が強制されていなくても ずっと書いてきました

それは 仕事の記録であり 何か振り返る必要がある場合や仕事について質問された場合に

明確に答えることができるようにという目的のために書いていたように思います

漫然と習慣的に書いてきたわけではないのですが

責任を追及されたときや 説明を求められたときの準備という意識も多分にあったように思います

現在 私共の事務所では毎日仕事終わりにその日の仕事の記録をつけることが求められています

それはそれでその日の仕事の進捗と課題を明確にするという意味があってよいことだと思っていますが

経営陣が異常や課題を早く見つけて対処するためやチームで仕事をするため というより

多分に管理を厳しくするという面があるように感じて みられる立場として息苦しくも感じてもいます

自分自身書いてきた日報がもっとうまく利用できなかったのか とか

チームで働くためにもっと上手に利用して共有できないのか など

改めて考えさせられ 触発される一文でありました

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