古代ギリシャ アテナイでは 役所の担当者はくじ引きで決めることになっていた

と何かでみました

同じ部署や人が長い期間担当をしていると 情もわいてくるし 癒着もする可能性が大きくなるから

というのが その理由だということです

昨今の日本の現状をみていると 古代ギリシアの知恵に今更ながら感心します

また古代ギリシャでは全員賛成は決議にしない というルールがあったとも聞いたことがあります

普通一つのことに対する意見は一つでなく いろいろあって当たり前であるから

全員賛成というのは 何かの力が働いているとか 議論が十分にされていない ということの結果だから

というのがその理由だと聞いた覚えがあります

これについてもすごい知恵だと感心しました

ろくな議論もされないまま 与党の賛成多数で重要な法案が可決されたなどとというのは

これと比べると政治の体もなしてない と 古代ギリシャの人に笑われそうです

今の私たちの「常識」では 担当者はその分野の専門知識のある人でなければ無理 と思っていないでしょうか

確かに専門知識がなかったら その分野の人に軽く見られて行政の実が上がらないという分野もないことはないと思います

しかし、専門知識よりなにより 「何のためにこの施策を実行するのか」とか

「何必要か」という根本的な考え方や行動について専門知識は邪魔になることもありうるかもしれません

本当は**した方がよいとはおもうけれど 今の技術力では無理とか この分野ではそのようなやり方前例がない

などと判断してしまう可能性が高くなることがあるような気がします

くじ引きは古代のポリスの中だから可能だったのでしょうが それでも癒着やマンネリを防止するという発想は

今につながるものだと思います

これだけ情報が記録でき飛び交っている世の中です

AIに人事を任せる などということも提案され 一部では実行もされているようです

ならば 専門知識の有無が最優先される資格とならない時代がきているのではないでしょうか

やはり「何のために・・」とか「何が必要か・・」といった大切なことから外れない施策を実行するために

今の制度を見直してもよいと思う今日この頃です